忍者ブログ
神山監督とタムラコータロー監督が好き。 I've Soundという音楽制作集団のぷち追っかけ。
■輪るピングドラム/晶馬×苹果
※最終回After、数年後のふたり。


年の差Blue Days.




カレーが食べたい。


はあ、と思わず溜め息が零れる。お祝いをしてあげるべきなのに、どうしても、気分が落ち込んでいってしまう。
ほんの一週間前くらいに捲ったカレンダー、その日付を見て、荻野目 苹果は拗ねたようにぷいっとカレンダーから目を逸らした。
いつもなら気を紛らわすためにテレビをつけるところなのだけれど、今日はそうもいかない。できれば目にしたくないもの、耳にしたくないものが、この日ばかりはどのニュース番組でも取り上げられているに違いない。それぞれのチャンネルが、馬鹿みたいに同じニュースを取り扱う。
人気アイドルの成人式を追いかけて、中継でお伝えしました、なんてすまし顔で伝えるキャスター。そんなものに用はない。
大体、アイドルなんてもうさして興味もない。昔から好きなアイドルは、何故かひとつだけだ。他にも流行で気にしていたことはあったけど、いつの間にか苹果の中から消えてしまう。

物憂げな表情で、苹果はスマートフォンを確認する。
ディスプレイに表示されたデジタル時計は『16:14』を示していた。もういい時間である。
きっと、友達と一緒に飲み会だか同窓会だかに行ってしまったのだ。そうに決まっている。

はあ、とまたひとつ、溜め息が落ちる。誰も居ない小さなアパートでひとりきり。
ふと顔を上げると、もう外は明るくない。雑誌を開いても暗くて見づらい。どうせ読んでも頭に入ってこないのだけれど、とりあえず雨戸を閉めよう。

苹果はのろのろとソファから立ち上がり、緩慢な動きで雨戸を閉めた。
新年となってもう一週間以上経つ。社会人は仕事が始まり、学生はもう間もなく、具体的に言えば恐らく明日あたりから学業再開だろう。なにせ明日は第二火曜日だ。つまり今日は、第二月曜日である、今日この日は。

『…では、次のニュースです。本日、各地で行われた成人式ですが、新成人の皆さんは…』

ぴ、と軽快な音を立ててリモコンの電源ボタンを押せば、ぱっとテレビが声を上げる。
朝と変わらずそのニュースをやるのね、と思いながらチャンネルを回す。
と、そのときだった。電気をつけようと立ち上がったところで、スマートフォンに呼ばれる。
壁際のスイッチに指をかけて、もう片方の手で誰からの連絡なのか、確認する。

─── 高倉 晶馬。ディスプレイに浮かんだ名前に、期待と不安をこめて、電話に出る。

「晶馬くん?」
『あ、荻野目さん。いまって平気?』
「うん。平気だけど…。晶馬くんこそ、飲み会とかじゃないの?」

声のトーンがどうしても下がる。電話をもらえたことは嬉しいけれど、とても夜の予定が空いているとは思えない。
こんな風になってはいけない、お祝いをしなければいけないのに。さっきも同じことを考えていたのに、結局そうできずにいる。
ままならない自分の感情に、苹果は不機嫌そうにスイッチを押し込む。部屋が明るくなった。苹果の胸の裡は、そうならないけれど。
ひとりきりの部屋。ぼすん、とソファに座り込んで、苹果は体育座りをする。
膝を抱えて、電話の向こうの気配をうかがう。がやがやとしている。雑踏の中だろうか。
なにか、アナウンスらしきものが聞えてくる。なんと言っているのかは分からないけれど、どこかの駅のようだ。
彼はこれから居酒屋に移動するのだと苹果は解釈した。
覚悟してはいたものの、やっぱり溜め息をつきたくなる。

『…? ごめん、なんて言ったのか聴こえなかった』
「いいわ。気にしないで、たいしたことじゃないから」
『そう?』

小首を傾げている様子が目に浮かぶ。
その姿を思うと、少しだけ苹果の心は晴れやかになる。
こうして電話をかけてきれくれただけでも、良しとしようじゃないか。

「ねえ、どうだったの? 成人式」
『うーん。まあ、普通だよ。ニュースになるようなイベントもなかったし、逮捕者も出てないと思うよ。うるさくはあったけどね』
「ふーん。おめでとーございます」
『え、なにその投げやりな感じ。別に僕だって、成人になったからって嬉しいわけじゃないけどさ』
「ぶっぶー。晶馬くん、まだ二十歳じゃないじゃない。三月生まれのくせに」
『もう、あと二ヶ月ちょっとで二十歳だよ』
「…そう、ね」

三月二十日。その日が来れば、彼は正真正銘、成人と認められる年齢に達する。
苹果は膝を抱えている腕に、こてんと頭を乗せた。晶馬が二十歳になるとき、自分は。

『荻野目さん?』

彼がひとつ歳をとると、苹果もひとつ歳をとる。同じ誕生日なのだから、それは当たり前だ。
苹果は指折りで数えてみる。晶馬と自分の年齢差。何度も繰り返してきたことで、何度やっても変わることのない答え、縮まることのない年齢。
あと二ヶ月経てば、二十歳の晶馬と、二十八の自分。

「はあ」
『もしかして…また年の差のこと考えてるの?』
「わるい?」

図星だった。つっけんどんな返事をしてしまった後で、苹果はしまったと益々膝を抱え込む。
成人式。いやでも年齢のこと、つまりは晶馬との年齢差を考えてしまう。
それは出逢った時よりも前、生まれた時から決まってしまっていた縮まらない距離だ。どう足掻いても縮めることのできない時間。ひとつやふたつなら、こんなにも思い悩まずに済んだのかもしれない。年下の晶馬と、年上の自分。親子ほど年齢が離れているわけではないし、世の中これくらいの年の差カップルは珍しくもなんともない。けれど、苹果は考えてしまうのだ。いつか自分が相手にされなくなってしまうのではないかと。あの晶馬がそんなことをする筈がないと信じていたいのは本当なのに、事実としてそこにある年齢差、そこから来る価値観の違い、見えているものの差異に、怯えてしまう。
だから、いやだったのだ。テレビがまた、もう夕方だというのに成人式の話題を持ってくる。苹果は聴こえてこないように、こころの中にあるミュートのボタンを押した。電話の向こうの雑踏も遠ざかる。やはり、駅から何処かのお店へ移動しているのだろう。

苹果は憂鬱な気分になって、目を伏せる。
このての話は、実はふたりの間で何度かやり取りがされているのだ。
晶馬と出逢った頃から意識はしていた。八歳も離れている彼と個人的に親しくなった後は、もっと意識するようになった。それも当然だろう。だって苹果は、自分のことは自分でよく分かっているし、晶馬のことだって分かっているつもりだ。
すこし間抜けですごく鈍感で、純真すぎるお人好し。基本的に、晶馬のようなタイプは嫌われることはない。大人気、とまではいかないけれど、狙っている子が居てもおかしくはないだろう。
八歳も離れた年上の女性と、自分と同い年くらいの可愛い食べ頃の女の子たち。大学で毎日会うのだし、接触が多いのは当然、苹果より同じ大学生である女の子たちだ。
彼が浮気なんてできるような人柄じゃないことは分かっているけれど、押しに弱いタイプだから、いささか心配ではある。
心変わりしないと信じていたいけれど、不安がないなんてとても言えない。八歳という年齢の壁は大きいのだ。

どんなに苹果が二十歳の頃の自分を愛してほしくても、もう二十歳には戻れない。
苹果は頬っぺたを摘んだ。よく分からないけれど、たぶん二十歳の頃の方が、すべすべしていたのだ。化粧水なんて要らなかった時代もあった。パックなんて知らなくても問題なかったときも。でも、もうそんなことを言っていられない。晶馬に、自分のことを見ていてほしいからだ。

『気にしすぎなんだよ、荻野目さんは。今でも綺麗なのに』
「…いいの、忘れて。成人の日にごめんなさい。この後、同窓会とかでしょ?」

この問題について、これ以上、彼と話しているのは得策ではない。
どんどんと黒い不安が滲み出てきて、こころにもないことを口走りそうだ。
そんな予感を抱いて、苹果は無理矢理、話題を変える。そこでYESの返事に落胆して、未成年の飲酒は禁止されてるんだぞ、と茶化して終わるつもりだった。(晶馬の場合、茶化されているとは考えず、そうだね、と真面目に受け取りそうな気もした。)
しかし耳に流れてきた声は、予想とは異なった。

『? 同窓会の予定は入ってないけど』
「そうなの? でも、飲み会はあるんでしょ? 大学の子たちとか」
『ないよ』
「え? なんで?」
『なんでって…言われても』

困ったような、戸惑ったような、不思議な間がある。
膝を抱いて、苹果はじっと返答を待った。一秒、二秒、三秒。じれったくなってきた。
聴いてるのかしら、と苹果がやや不機嫌そうに口を開く前に。

『カレー』
「へ?」

唐突に、苹果の好物である料理の名前が飛び出した。
何の脈絡もないそれに、苹果は間の抜けた声を上げてしまう。
しかし、内心どきりとしていた。その鼓動には期待が含まれる。
カレーが食べたいと思っていたのは事実だからだ。
なにをどう問えばいいのか戸惑っている苹果の耳に、次いでチャイムの音が響いてくる。

ぴんぽーん。

軽快な音。あまり鳴らされることもないチャイムの音は、玄関から聞こえてきた。けれど、この電話越しにも聞こえてきた。
握り締めたスマートフォンを無意識に押し当て耳を澄ましてみると、先ほどの雑踏はなく極めて静かだ。
なんとなく、彼が微笑んでいるような気配すら感じ取れそうだった。

「…、ちょっと」

掠れた声でぼやくと、苹果は抱え込んでいた膝をソファから下ろして、とたとたと急ぎ足で玄関へ向かった。
スマートフォンを耳に当てたまま、鍵を開けて、玄関を開く。
もう夜に呑まれていきそうな夕闇の中、佇んでいたのは。

「カレーの材料、買ってきたよ」
「……」

片手にスーパーの袋、片手にスマートフォンを持ったスーツ姿の晶馬が、にっこりと笑ってそう言った。
苹果は必要なくなったスマートフォンの通話を切り、だらりと腕を下ろして晶馬を見つめる。
通話が切れたスマートフォンをポケットにしまいこんで、黒い服をきっちりと着込んだ彼が、もしかして、と反応を見せない苹果に不安を見せる。

「もしかして、ご飯済ませちゃった?」

笑顔を崩して残念そうな瞳を見せた彼に、ぽかんとしていた苹果はぶんぶんと首を振り、何度も瞬いた。
どうして彼がここにいるのか。昼頃に送ったメールの返事だってこなかったのに。

目を丸くしている苹果に構わず、お邪魔します、と晶馬は靴を脱いで部屋に上がりこむ。
いつまで経っても礼儀正しい。別に今更、お邪魔しますだのなんだの言わなければならない間柄でもないのに。
がちゃんと玄関の鍵まで閉めて、晶馬はスーパーの袋をキッチンに置き、慣れた様子で脱いだジャケットをハンガーにかけた。

「晶馬くん?」
「今からカレー作るよ。荻野目さん、食べたかったんでしょ?」
「なんで…知ってるの?」
「なんでって…『カレーが食べたい』って、メールしたのは君だろ?」

呆れたような顔をして、そんなことを言う。

「そ、それはしたけど。なんで急に…返事、しなかったじゃない」
「え? 僕、メールもらってから暫くに後になっちゃったけど返事したよ」
「うそ、きてないけど?」
「カレーの材料あるか訊いたんだけど、荻野目さんからメールこなくて、一応買ってきちゃったんだけど…」

納得いかない。なにかかみ合っていないと感じたふたりは、お互いスマートフォンを取り出して確認してみる。
苹果は今日、晶馬が言う内容のメールを一度だけ、送っている。その後、彼からの返信はない。

「あ…」
「どうしたの?」
「ごめん。僕のほうで、送信エラーになってたみたいだ」

苦笑いして、晶馬はスマートフォンのディスプレイを見せる。
そこには確かに、夕方になったら付き合いを抜けて苹果のもとへ向かうこと、カレーの材料の有無について書かれていた。

確認すればよかったよ、と困った顔でスマートフォンをしまう晶馬を見て、苹果の胸がきゅっとなる。
ああもう、なにを悩んで、怯えて、暗い気持ちになっていたのだろう。
冷蔵庫の前にしゃがみ込み、スーパーの袋から買い込んできた品を取り出し、片付けていく晶馬の背が、眩しい。すごく頼りになる背中に見える。とても大切なものだと思う。同時に、とても大切にしてくれているのだと思う。
成人式の日に突然たった一言だけの意図が見えづらい連絡をしてしまったにも関わらず、彼はこうして苹果のもとへ来てくれたのだ。

心の中にあったもやもやとした黒い霧に、太陽の光が差していく、清々しい風が吹き込んでいくような感覚。
少しだけ鼻の奥がつんとしてしまって、苹果はじゃがいもを手にしている晶馬の背に、そっと抱きついた。

「ほら荻野目さん、このじゃがいも大き、……荻野目さん?」
「晶馬くん、」

ぱりっとしたYシャツ越しに、晶馬の体温を感じる。
上擦った声に戸惑いと心配が混じったのを、苹果の耳は確かに捉えていた。
つい、ぎゅっと身体を押し付けるように抱き締めると、微かに強張る晶馬がちらりと後ろを振り返る。

「今日は、晶馬くんと『カレーが食べたかった』の。来てくれて、ありがとう」

カレーは素敵な食べ物だ。カレーは、大事な人と一緒に食べるものだ。
苹果のカレーに対する思い入れを知っている晶馬は、にっこりと微笑んだ苹果に、益々照れくさそうな顔を見せる。
密着しているせいもあるだろう、少しだけ視線を逸らして、恥ずかしそうな横顔を見せたまま、それでも彼は答えてくれる。

「…僕だって、荻野目さんと『カレーが食べたい』んだよ。流石に毎日カレーだとちょっとどうかと思うけど、そうじゃないなら、僕はいつだって、君が望むときに、一緒に『カレーを食べたい』よ」

苹果はそれを聴いて胸が熱くなった。その言葉は、苹果にとって間違いなく愛の告白であり、晶馬にもそのつもりがあるのだろう、ぱっと目が合うと彼は息を呑む。かといって視線を逸らすわけでもない。お互い頬を赤くして、視線は絡んだまま。温もりを感じたまま。
無言の二人の間に流れる雰囲気が、あったかくてくすぐったくて、苹果は笑顔を浮かべて問いかける。今なら素直に言える気がして。

「一年後も、二年後も、三年後も、十年後も、私は晶馬くんと『カレーが食べたい』」
「…それ、僕の台詞だよ、荻野目さん」
「ふふ。晶馬くんは、もっとそれらしいこと言ってくれるんでしょう? 楽しみにしてる~」
「ええっ? ハードル上げないでよ…」
「いつになるのかな。私はいつでもOKよ!」
「う、うわあ! お…荻野目さんっ」

むぎゅっと更に身体を寄せるように抱き締めると、殊更上擦った声で晶馬は慌てた。
なにかに耐えるように俯いている、その純真な反応にほくそ笑んで、苹果がからかうように囁く。

「初心ねー、晶馬くん」
「う、初心ってなんだよ…。もう、ほら、カレー作るんだろっ?」

逃げるようにそう言って、そっと苹果の抱擁から抜け出すと、晶馬は準備しようと立ち上がった。
こてん、と苹果がキッチンの床に転がる。からかいすぎたか、と苹果は大人しくこの話を切り上げた。
しかし一向に動き出さない晶馬。小首を傾げて、苹果は問いかける。

「晶馬くん、どうしたの?」
「…これで料理しづらいなあって。今更なんだけどさ。一旦帰って着替えてくると、こっちに来るの遅くなっちゃうし、まあいいかなって思ってたけど、失敗だったよ」

そう言う晶馬はYシャツを見下ろして、微妙な面持ちでYシャツを腕まくりする。
確かにこんなもので料理するのはどうかと思う。何より、堅苦しい感じがした。
苹果は記憶の中を探る。彼が着られるサイズの服が、ある筈だ。

「たぶん着替えがあるから、持ってくるわ」
「…荻野目さんの服?」
「今年買った初売りの福袋の中に、なんか大き目の服が入ってたから、晶馬くんでも大丈夫よ。もともと、晶馬くん、そんなにマッチョじゃないし」
「マッチョって……」
「たぶん似合うわよ。ちょっと待っててー」
「似合っても嬉しくないんだけど…」

何かげんなりしている晶馬の声には答えず、ぱたぱたと足音を立てて、苹果は部屋に向かった。
先日買ったはいいものの、サイズが大きくてどうしようかと悩んでいたが、ここにきて用途は決まったようだ。
晴れやかな気持ちで、クローゼットの中にしまいこんだ、着る予定のなかった服を取り出す。
こうなると、さっきまでひとりきりで年の差がどうのこうのと考え込んでいた自分が、なんだかひどく子どもっぽい不安に囚われていたような気がしてくる。

「…大人になるって、むずかしい」

八歳年下の晶馬は、『カレーが食べたい』の一言だけで、苹果の気持ちを察して駆けつけてくれたのだ。
彼のほうが、よほど大人びている。いつもは頼りないふにゃっとした笑顔を浮かべているけれど、そんな彼を、自分は頼りにしている。
どっちが年下なのか分からない。甘えている証拠なのだろう。甘えさせてくれている彼は、少なからずそういう面は、自分より大人なのかもしれない。

着替えを持って、苹果はキッチンへ戻る。
律儀にネクタイを締めっぱなしの晶馬を、じっと見上げる。

「荻野目さん…まさか、着替え、覗くつもり?」
「なんでよ」
「そ、そうだよね」
「別に覗く必要ないじゃない。ここで見ればいいんだもの」
「え、なにそれ!?」
「だって、晶馬くんの裸とか、いずれ見ることになるんだし」
「いや、…あの、なんかさ…それも、僕の台詞なんじゃないかなぁ」
「そう?」
「そうだよ。…まあ、いいけど、別に」

とは言うものの、苹果を気にしているようだったので、苹果は彼の着替えが終わるまで席を外した。
終わった頃を見計らって戻ってくると、問題なく服を着込んだ晶馬が、既にキッチンへ立っていた。
苹果もちょんとその隣に並んで、腕まくりをする。晶馬がきょとんとした。

「私も一緒に作るー」
「そう?」
「うん」
「じゃあ、そっちお願いしようかな」
「分かったわ」

機嫌が良いことが自分でも分かるくらい、甘ったれた声が伸びる。
子どもっぽかったかしら、と言ってから後悔する苹果が蛇口に手をかけたところで、晶馬がじっと苹果を見ていることに気がついた。
振り向いて、なに、と見上げる。そういえば、年の差もあるが身長差もある。いつの間にか、彼の方が背が高くなっていた。男の子だなあと思って、その綺麗な瞳を見つめていると、彼がふと微笑む。

「きっと美味しいよ。ふたりで作って、ふたりで食べるカレーは」
「…そうね。カレーは、大事な人と食べるものだから」
「大事な家族、と」
「え?」
「僕にとって、君と食べるカレーには、そういう意味があるよ」

屈託のない笑顔に、頬が熱くなる。
不覚にも、どきりとしてしまう。自分の中の決め事が、いつの間にか彼にも伝染していて、自分が思うように、彼もまた自分のことを大事に思っていてくれること。同じ目線で、同じ思考で、答えてくれたこと。それが、苹果は嬉しかった。

「だから、もうすこし。僕が大人になるまで、待ってて」

事実として年の差はどうにもならないけれど、ふたりの距離は縮めていけるのだ。
苹果が着れなかった大きいサイズのセーターを着込み、じゃがいもを片手にそう微笑む晶馬。

どちらが大人なのか分からない。お互いに分かっていないのかもしれないけれど、一緒に歩いていけるなら、それでいい。
美味しいカレーを作るために並んでキッチンに立った苹果は、ずっと晶馬くんと一緒に歩いていけたらいいな、と思うが、もう素直に口には出せなかった。

■END.
前作『置いてきぼりの成人式』がIFで十六歳の晶馬と苹果だったので、最終回After版も書いてみました。なんだか予想と違うところに着地しました。というか不恰好に着地しました。すいません。

着々と(ピンドラの)勉強をしております。うそです。教材(BD、小説、CD等)を揃えて、それらを頭の叩き込む時間が満足にありません。妄想に忙しいのもあります。書きたいネタがぽこぽこ。今後ともふんばりたいと思います。

お付き合いしていただき、どうもありがとうございました。

拍手[3回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
[TOP]  32  31  30  29  28  27  26  25  24  23  22 
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
最新コメント
[05/09 mugi]
[07/15 あえな]
[07/02 桜井孝治]
[11/10 ana]
ブログ内検索