神山監督とタムラコータロー監督が好き。
I've Soundという音楽制作集団のぷち追っかけ。
■輪るピングドラム/晶馬×苹果
※IF。十六歳のふたりが、二十歳になる頃のお話。
※IF。十六歳のふたりが、二十歳になる頃のお話。
置いてきぼりの成人式
お互いの成人式を終えて、荻野目さんがこっちへ来るっていうから、駅まで迎えにきた僕は、堅苦しいからと着替えてこなくて良かった、なんてひっそり安堵の息を吐いた。
「ほら、大人の女になったでしょ」
振袖を着た荻野目さんが、晴れた空の下で胸を張る。見てみて綺麗でしょ、と褒めてほしそうなきらきらとした瞳。
そういうところを見せなければ、もっと、ちゃんと大人っぽくも見えるのに。
もちろん、普段とは違った大人っぽい雰囲気が出ていて、十分に綺麗なのだけれど。
なんとなく、置いてけぼりを食らったような、ヘンな気分に陥る。
振袖姿の彼女と違って、こっちは面白くもなんともないスーツだ。
しかもコートを着込んでいる。ラフな私服よりは振袖に釣り合っているだろうから、まあいいんだけど。
大人っぽい、という評価を素直に認めることも、彼女を直視することもできなくて、まだ二十歳前じゃんか、と捻くれたことをぼやいたら、晶馬くんだってそうじゃない、と言い返された。
「…。そうだけど」
反論することができなくて、ぐ、とコートのポケットの中で軽く悔しさを持て余す。
すると、隣を歩く荻野目さんは、ふふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
やっぱり、なんだか悔しい。
そう思ってしまうあたり、僕も十分、子どもっぽい。
分かっていながら、なおもそっぽを向いてしまう。
ああ、子どもっぽい。でも今更どうこうすることもできない。
そんな僕を知ってか知らずか、荻野目さんは機嫌良さそうに、ポケットの中に避難していない方の手を見つけて、繋いでくる。
冷たい指先を絡めあって、高倉家へ向かって歩く。
それはいつもと見慣れた道だった。
段々と、僕のこころも落ち着いてくる。
「、あっ」
「うわっ、と…! 荻野目さん? 平気?」
突然、荻野目さんがよろけた。
草履なんて履き慣れないものを履いているせいで、よろけたらしい。
手を繋いでいたおかげで、なんとか危険を察知できた僕は、危ういところで荻野目さんが転倒するのを阻止することができた。
ほっと一息ついて様子をうかがう。
「うん、ありがとう晶馬くん。あー、ビックリした。やっぱりこれのせいかなぁ」
「気をつけなきゃ。それこそ、七五三の子どもじゃあるまいし」
子どもっぽく草履を履いた足をぷらぷらさせている荻野目さんを、窘めるように言う。
たぶん、さっきの悔しさだとか、僕を置いて大人になっていくような君だとか、そういう気持ちがごっちゃになって、ついそんな言葉を口を突いて出てしまったんだろう。
余計なこと言っちゃったなあと思った時にはもう遅く、きょとりとした荻野目さんが、ふうん、と挑戦的に笑う。
蠱惑的に細められた瞳。
綺麗に伸ばされた睫毛。
僕はどきどきしてしまった。
そんな僕を見透かすかのように、或いはどこかバカにするかのように、荻野目さんが繋いだままの手をきゅっと絡めてくる。
そうして、艶やかに色めく唇が、そっと囁く。
「でも、結婚はできる年齢よ。とっくにね」
本当に何を言っていいのか分からなくなって、僕は酸素が足りない金魚みたいに間抜けに、口をぱくぱくとさせてしまった。
確かに日本国憲法が定めるところ、男性は十八歳、女性は十六歳で結婚が可能となる。そんなことは、もしかすると十歳の子どもでも知っているかもしれない常識だ。
つまり二年前に十八歳を迎えている僕と、四年前に十六歳を迎えている荻野目さんは、法的に結婚を許される年齢には、とっくになっていたわけだ。彼女の言うように。
妙な熱が頬に上ってきて、僕は呼吸がくるしくなる。
だというのに、荻野目さんはそんな僕を見て、どこか煌びやかに、すこし妖しく微笑むのだ。
女の子っていうのは、本当にすごい。ほんの少し服装を変えて、いつもと違う化粧をするだけで、こんな風に僕を置いて、僕とは遠い大人になってしまうんだから。
足元に気をつけながらゆっくりと歩みを再会した荻野目さんが、僕の手を引く。
ふっくらとした艶やかな唇が動く。
晶馬くん? 僕はどきりとして、誤魔化すように君の手を握り返して、歩き出す。
ああ、情けない。顔を向けることができない。
いま、僕はどんな顔をしているんだろう?
いま、君はどんな顔で笑ってるんだろう?
僕はいったい、いつになったら。君を守っていられる、大人になれるのだろう。
頼りのない自分、子どもっぽい自分。思わず、つい、溜め息を零す。
「なに晶馬くん、しあわせの溜め息?」
「え、なんで?」
「だって、こんなに可愛いお嫁さんがいるのよ」
「だ、っ誰が、…」
「もらってくれないんだー、ふーん」
「いや…えっと、あの、荻野目さん? 僕は、」
「つーん」
「…荻野目さん?」
「……」
「ああ、もう…。分かったよ、僕が悪かったよ」
「ふーん?」
勝ち誇ったような、きらきらとした声。
なにかを期待する、あからさまな双眸。
僕はまた零れそうになる溜め息を飲み込んで、仕方なく言うのだ。
「結婚、は。もうすこし待ってて。その時が来たら、ちゃんと言うから」
「はー、すっごく晶馬くんっぽい台詞。全っ然変わってないじゃない、昔から」
「うわ、ひど!」
「まあ、いいわ。それが晶馬くんだもの」
じっとりとした疑わしい目付き。ふん、という呆れ顔。意志の強い、凛々しい横顔。儚くも見える、柔らかな笑顔。化粧のせいかやけに目立つ、ふっくらとした、柔らかそうな唇が。艶やかに、笑みのかたちになる。
昔から変わらず百面相を見せてくれるけど、こんな顔、昔は見せてくれなかったじゃないか。
「そんな晶馬くんだから、私は」
荻野目さんの唇が動く。
声は聴こえなかった。
でも、絡んだ視線で理解する。
ささやく唇に、答えを得る。
─── 好き、なのよ。
言葉を発さず、そうして微笑んだ彼女に僕はまた、どきどきとしてしまう。
脈打つ鼓動を鎮める術を知らない僕だけが、やっぱり子どもなのだろうか。
呻き声ひとつ漏らせずにじっと荻野目さんを見つめていると、気のせいか、ほんのり頬を赤くして、いくらか不自然に目を逸らされる。
照れた、んだろうか。でも、なにに? まさか今更、僕がじっと見つめていたからだなんて、思えないけれど。
小首を傾げている僕の隣で、荻野目さんはゆっくりと、その艶やかな唇で、『晶馬くんのばか』 僕への罵倒を、歌っていた。
■END
成人式が騒ぐので。本当は結婚云々と苹果ちゃんが言ったところで終わらせるつもりだったのですが、なぜかこうなりました。
しかし何だか私の書く未来の晶馬くんと苹果ちゃんは…うん…? これは誰だろう…。このお話のふたりは、とくにそんな気がしてしまいました。なので、ひっそりこちらへ。
お付き合いしていただき、どうもありがとうございました。
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